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2015年4月 7日 (火)

からだとこころの平和①

「身体と心の平和」 1日目

小4の時、担任の先生に「お前はこんなにきれいなカモシカみたいな足をしているのに、なんで足が遅いんだ?」ってみんなの前で言われまして、私はその言葉で自分はダメなんだと脳に刷り込んだようです。

脚も遅く、身体もかなり硬い。球技はまるでだめ。
体育の球技で同じチームになった同級生には「うわ、あんたと同じチーム?」と嫌がられる始末。

「どうせ自分なんか運動ダメだし。」

体をほめるどころか、「ダメ」「ダメ」って言い続けてるから、肩こりや自律神経失調症、腰痛などで病院通いしていた中高生時代。

身体が固まると、心も曇りガラスのようにあまりハッキリとしなくなるんですね。
何が気持ちよくて何が不快かもわからない毎日だった様な気がします。

愛をいっぱい受けていたであろうに、私の鈍感になっていた感性はまだまだ欲しいと愛を求め、心配してくれる母の姿に渇きをその癒していたと思います。



2006年にあるきっかけでいろいろな「自然療法」を始めて、レイキやアロマテラピー等で自分の考え方や心の動き方が変わり、それにともない身体に良い変化が表れてきました。

変化の体験をし、驚きばかり。
どんどん、身体だけではなく心がラクになっていったんです。

体がラクになると心がかわり、心がラクになると体がラクになる。
これをくりかえし繰り返し体験していました。



そんな2010年のある日、「天城流湯治法」の杉本錬堂氏に出会ったのです。

一瞬の施術で驚くほど身体が軽くなり、まさに驚愕。

どこかで、自分がこれ以上健康を取り戻せるはずはないと思っていたので、その出逢いで日々変化を感じられるなんて夢のようでした。

健康セミナーの中で、師匠が「私のからだは素晴らしいと三回唱えて」、というのでみんなで唱和しました。

すると、そう言っただけなのに、全員の前屈の深さが変わったのです。

そう!
「私のからだは素晴らしい!」という、まさにミラクル体験でした。

しゃべるだけでなんで変わるの??って。

身体の意識、というのがあるということを知ったのはこれのだいぶ後のことでしたが、まさにその意識を体験した出来事でした。



けちょんけちょんにけなし続けて、私のからだ、ごめんなさい。

あちこち痛いって合図を出してくれてたのに、気を配ることのないままでごめんね。

今の、この「身体が軽くなる実感」をここまで体感できるために、これまでの私の環境があったのかもしれない。

おかげさまで、私の頑なな心と身体は、ゆるんで気持ちいいということをしっかりと感じることができるようになりました。

私は、心身ともに気持ちよい毎日を過ごすことができるようになりました。

私の中には私が気持ちよく生きていけるよう導いてくれる「天性の智慧」がある。
本当に感謝です。



すべてのタイミング、すべての環境、すべての体験に感謝です。
私たちのからだは本当に素晴らしい\(^o^)/

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